生きる、ということ

ぼくが生きているうちは、綴っているのだろうとおもう

内出血

きょうは 面談、電話、診察…とよく人と会話をした

 

自分の気持ちを伝えるのも、状態を伝えるのも、何もかもが苦手で

 

喋っていると何故かいつも泣きそうになる

泣くのを堪えながら話す

 

長時間のこういう会話はまだ無理かも

 

そもそも元から自分の感情の扱いや表現が下手くそすぎる

 

軽い会話や感情のない状態の会話はわりと話せるのに

 

感情を込めて、気持ちや思いを伝えようと、真剣に必死になればなるほど、上手くできていない気がしてか、悲しくなってか、不慣れなせいか、泣きそうになる

何も伝わっていないのではないか?

 

昔みたいに直接「何言ってるかわかんない」なんて言われることはなくなったけど、内心は思われてるかも

成長してないのか

 

 

理解なんてしてくれないんだろうな

理解なんてされないんだろうな

理解されたい、と思うぼくは、まだまだ子どもか

孤独が嫌いで、孤高にはなれなくて

彷徨ってる

何処に行けばいい? 迷子

 

(周りの人は大体敵に見える)

 

理解されなくて、キツい言葉や冷たい言葉を投げられることに傷ついて

疎外感すごくて

 

理解してくれない人が「敵だ」なんて は身勝手だけど

ろくに歩み寄ろうともしないで好き勝手言われると流石に「敵」になるよ

 

嫌なら避ければ良いのだけれど、この敵たちは避けられない

いまの社会の大体の場所にうじゃうじゃといる

戦わなくては生きていけない

社会は戦場だから

 

そしてこのぼくも、何処かのだれかにとっては「敵」なんだな きっと

 

ぼくは武器をもっているのだろうか?

武器は必要だろうか

盾だけで十分なのだろうか

盾は持っているのかな

 

味方は、仲間は、いるのだろうか

もし、いるのならば、ぼくはその人たちを愛し、守りたい